主婦が自己肯定感を高めて返り咲くキッカケ作り。

「嫌われる勇気」その9:これが全ての悩みの共通点

人は人のために悩む

この記事は岸見一郎氏/古賀史健氏の著書「嫌われる勇気」について主婦目線で読み解くものです。

—最初からお読み頂くと内容がよりわかりやすいと思います
>はじめに —>その1 —>その2
>その3 —>その4 —>その5
>その6 —>その7 —>その8

前回の記事で「悩みを消し去るには、宇宙のなかにただひとりで生きるしかない」というアドラーの言葉を知りました。青年が自分のことを嫌いだと思っていた背景に、対人関係で傷つきたくないという本音が隠されていました。
今回は驚きの真実が明らかになります。

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悩みの真髄

アドラーは「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」とまで断言している

これはアドラー心理学の根底に流れる概念なんだそうです。対人関係がなくなってしまえば、あらゆる悩みも消えるというのです。私たちの大小さまざまな悩みはすべて対人関係によるものでしょうか?本当にそうでしょうか?

青年も「絶対そんなはずはない!」と反論します。

たしかに、対人関係は大きな問題でしょう。そこは認めます。しかし、すべてが対人関係の悩みだというのは、いくらなんでも極論です!

青年は「人は対人関係ではなく、自己に向けられた悩みもあるでしょう?」と主張します。たとえば「身長が低い」「太る体質」「薄毛」「あがり症」など、人には多少なりとも自分自身の内面的な悩みがありますよね。それも立派な悩みのひとつです。
このような”劣等感”も、そこには必ず他者の存在があると哲人はいいます。

劣等感と劣等性

”劣等感”という言葉を現在の意味として使ったのは、他でもないアドラーなのだそうです。驚き。劣等感はドイツ語で”価値がより少ない感覚=自分への価値判断が低い”という意味です。本書では哲人の若い頃に思い悩んだことについて触れていました。

かつて自分の身長が155センチメートルしかないことに思い悩んだ時期があった。せめて+10センチ高ければ人生はもっと楽しいのではないかと思っていた。
あるとき、その悩みを友人に打ち明けたら「くだらない」と一蹴し、続けて友人は「お前には人をくつろがせる才能があるんだ」と言った。たしかに大柄で屈強な体格だと、見た目で相手を威圧してしまうかもしれない。小柄なことで人に安心感を与えるという”新しい価値”を知ったのだ。

哲人の例とは逆に、私の友人で「背が高すぎる」ことに思い悩む女性がいます。女性は小柄な方が”可愛らしい”と思っているからなんでしょうね。彼氏の前ではハイヒールを履かないとか、既製品サイズでは丈が短くて洋服を選べないとか、彼女にしかわからない苦悩があるようです。
でもね、モデルさんはみんな背が高いですよね。女性で身長170センチメートルなんてザラにいますよね。彼女もスリムでスタイルがいいので、何を着てもかっこよく見えます。

”劣等感”だと思うことは、決して”劣等性”ではないということなんです。

何が違うって?
”劣等性”とは何かが欠けた状態、劣っている状態のことをいいます。
身長が男性で155センチメートルだったり、女性で170センチメートルだったり、それ自体は何も問題がないってことなんです。身長が155センチメートルの人は生活に支障が出るわけじゃないですよね?身長が低いということに”劣等性はない”といえます。
それでも悩んで”劣等感”に思うのは、「平均的身長」とか「彼氏の身長」という、比較しちゃう”他人の身長”が存在するからなんですね。結局は”誰かと比べて自分の方が劣っている”と思っているということです。

もしも哲人が幼い頃から「小柄な方が人を安心させられる利点がある」「人をくつろがせる才能がある」「他者を威圧しない」こんなふうに解釈していたら、155センチメートルの身長は悩みではなかったはずです。

今までは「悩み」であったことも主観的な見方を変えることで解消されると哲人はいいます。自分の悩みを”長所”と見るか”短所”と見るか、それは自分自身で選択可能だということです。

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価値に価値はない

全ての悩みは対人関係にあるという論理は、身長や体重のような内面的な悩みだけではありません。
哲人は、高値で取引されるダイヤモンドも見方を変えればただの石ころだといいます。世間の人々がダイヤモンドを”高価な鉱石”として意味づけしているだけで、鉱石そのものの価値はないのだと。10000円札も人々が10000円という共通感覚を与えているだけで、原価を考えると特殊な紙に印刷した紙きれに10000円分の価値はないのです。

アドラーの「悩みを消し去るには、宇宙のなかにただひとりで生きるしかない」という言葉でいうなら、この世に自分ひとりしか存在しなければ、ダイヤモンドも10000円札も何の価値もないということなんですね。

つまり、価値の問題も最終的には対人関係に還元されていくのです。

やっぱり「全ての悩みは対人関係にある」というのが正解なんでしょうか?
青年はまだ哲人に反論します。

ユーミ
「全ての悩みが対人関係にある」なんて考えたこともありませんでした。本当にそうなら世界は思ったよりシンプルなのかもしれません。

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「嫌われる勇気」その9:これが全ての悩みの共通点 by ユーミ

【嫌われる勇気】

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