主婦が自己肯定感を高めて返り咲くキッカケ作り。

「嫌われる勇気」その4:苦しいトラウマを楽に消す方法

超ポジティブ思考なんて無理

この記事は岸見一郎氏/古賀史健氏の著書「嫌われる勇気」について主婦目線で読み解くものです。

—最初からお読み頂くと内容がよりわかりやすいと思います
>はじめに —>その1 —>その2
>その3

前回の記事で「原因論」と「目的論」の違いが少しずつ分かってきました。常に人は目的を持って、感情もコントロールして行動しているということも少しは理解して頂けたでしょうか?
私たちは過去の何かに影響されて”今”があるのではないということが分かりました。過去の何かを「どう解釈したか」によって未来の明暗が分かれるということです。ポジティブな人ほど”前向きな解釈”をするので未来は明るいと言いたいのでしょう。青年にはまだ完全に響いてきません。

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それでも人は変われる

過去のどんな出来事でもマイナスイメージで捉えず、自分にとって意味のある(価値のある)経験だと受け入れられると「トラウマ」という存在はなくなるということは分かります。「トラウマ」によって将来が決まってしまう「原因論」や「決定論」よりも、捉え方次第で良い方向に自分で持って行ける「目的論」の方が未来は明るいことも分かります。

青年もここまでは理解してきました。そういう考え方もあるだろうと認めました。だけど絵に描いたような根っからのネガティブ人間なので、「目的論」のような思想があると知ったとしても、そう簡単に人が変われるとは思っていません。
哲人のように勉強して知識として蓄えても、それを上手く活用できる人間ばかりじゃないと反論します。哲人が掲げる「人は変われる」「誰もが幸せになれる」というのは、何事にもポジティブに考えられる人だけだと。

残念ながらどんなに知識を積み重ねたところで、その土台にある気質や性格は変わらないんですよ!土台が斜めに傾いていたら、いかなる知識も役に立たない。そう、積み上げたはずの知識もガラガラと崩れ落ち、気がつけば元通りの自分になっていくんです!

青年の悲痛な叫びが心に刺さります。自分で心の奥底にある「醜い心」「性悪な自分」「弱い自分」の存在に気が付いている人ほど、青年の苦しみが分かると思います。自分のダメなところを痛いほど分かっているけど、どうにもならない。頭ではポジティブに考えても、心のどこかで疑ってたり自分にはできないと諦めていたりします。

そうなんですよ。
自分が何でもポジティブに考えられるかっていうと話は別なんですよね。青年のように、自分のことが嫌いだったり過去に”不幸”な出来事を経験している人にとっては「目的論」は理想論でしかありません。
どんなに偉い人から「ポジティブに考える方が良いよ」と言われても「あぁ、そーですか」って簡単に変えられるものじゃないのです。人の心の奥底にある「醜い心」「性悪な自分」「弱い自分」はいつも自分を追い込みます。そこを”直さなきゃ”ってわかっているけど簡単には変えられないから、人は悩むし傷つくし逆に人を傷つけてしまうのだと思います。

青年は友人のYくんの話を出してきました。Yくんは明るくて性格もよくて皆から好かれている人気者です。
青年は自分もYくんのようになりたいと心から思っているのに全然近づくことができないと嘆きます。生まれ持った気質や性格は、どんなに頑張っても変えることはできないんだ!と主張します。
そんな青年に哲人はちょっと厳しい言葉を投げつけます。

あなたはいま、幸せを実感できずにいる。なぜなら、あなたは自分を愛することができていない。そして自分を愛するための手段として、「別人への生まれ変わり」を望んでいる。Yさんのようになって、いまの自分を捨てようとしている。違いますか?

Yさんになりたくても、なれません。だって、あなたはYさんではないから。あなたは「あなた」であっていいのだ、と哲人は言います。だけど幸せを感じていないあなたの「このまま」ではいいはずがない、とも言いました。今のままでいるのではなく一歩前に進みましょうと提案します。
青年は素直に認めます。自分でも「前に進まなければならない」と分かっているからです。青年は「変わりたい」のですね。

再びアドラーの言葉を引用しましょう。彼はいいます。「大切なのはなにが与えられているかではなく、与えられたものをどう使うかである」と。

私たちが「あんな人になりたいなぁ」と理想の境遇や気質を羨むのは、”その人にはあって自分にないもの”ばかり気にするからなんです。大切なのは、今の自分に与えられているもの(環境や性格)をどう解釈してどう活用するかを考えることなんですね。

ネガティブ人間でも変えられる

哲人がいう「変われる」というのは「ポジティブになる」というのとはちょっとニュアンスが違うと感じてきましたね。

前回「その3」で書いた”怒りの感情をコントロールする”話でも分かるように、人には必ず「感情」がありますが「支配される」わけではないということです。イラっとする感情も、自分がそのイライラに支配されちゃうわけではなく、別の目的があって自分で感情をコントロールしているんですね。

過去の出来事にしても、シンプルに考えると同じことです。
自分にとって「辛く」「悲惨で」「悲しく」「耐えがたい」そんな出来事があったのは、自分が一瞬感じた「辛く」「悲惨で」「悲しく」「耐えがたい」感情を、何か違う目的のためにずっと引きずっているだけだということです。
「だから、私は今でもこうなんだ」って自分で決めつけているだけだと哲人はいうのです。

トラウマになるような出来事は人によって本当に様々です。人に言えちゃうような内容なら、大して気にしてない証拠かもしれません。自分でも「これだ」ってハッキリと言えないけど、なんかスッキリしない心のモヤモヤがあるとしたら、過去の出来事に対してその時の「解釈の処理」を誤ったことが原因かもしれませんね。

自分に起こった不幸な出来事を「何か違う目的のためにずっと引きずっている」というところが、青年には納得できません。もちろん反論します。そこは次回の記事で。

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 icon-arrow-circle-right 私はアドラーに救われた

私は人生のあちこちで解釈の処理を誤ってきました。私は”過ちの塊”じゃないかと思うくらいダークな過去を持っています。(自慢にならないけど)

ここで私は、目的論を提唱するアドラーに救われました。
私が”過ちの塊だった”と気づいたとき、この過去の事実をどう解釈してこれからをどう生きるか、今から考えることができるってことを教えられたからです。
原因論のいう「過去にあんなことがあったからユーミは過ちの塊になっちゃったんだね。そりゃ仕方ないよね。」で終わってしまうと、私の未来が暗くても仕方ないことになっちゃう。だって私が過去にあんなことをしたんだから。過去は変えられない事実だから。そうなってしまった自分が嫌で、人のせいにして、人を羨んで、また更に自分が嫌いになる・・・まさに悪循環です。

過去の出来事は変えられません。そこだけはどうやっても変えられません。
だけど解釈の仕方を変えることはできます。今まで過去の何かに捉われて一歩を出せずにいたとしても、”いま”この瞬間に過去の解釈を変えることができるんです。私のいう「人生のあちこちで解釈の処理を誤ってきた」それ自体をどう捉えるか、どう意味づけてこれから生きていくのか。これからは何を目的にするのか。
ね。いつでも気づいた時からスタートできるんです。これって凄くないですか?これからの自分を決めるのはこれからの自分だというのが「目的論」なんです。

 

ユーミ
ちゃんと読もうと思ってくださる方ほど頭が混乱してくるかもしれません。拙い文章で申し訳ないです。でもあるとき突然パーッと霧が晴れたように感じるんですよ。

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「嫌われる勇気」その4:苦しいトラウマを楽に消す方法 by ユーミ

【嫌われる勇気】

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