主婦が自己肯定感を高めて返り咲くキッカケ作り。

「嫌われる勇気」その3:主婦が女優を演じる本当の理由

役者顔負けの名演技

この記事は岸見一郎氏/古賀史健氏の著書「嫌われる勇気」について主婦目線で読み解くものです。

—最初からお読み頂くと内容がよりわかりやすいと思います
>はじめに —>その1 —>その2

前回の記事で、哲人は「現在の自分は過去の出来事に関係ない」と言い切りました。フロイトと学説上の相違で決別した「原因論」と「目的論」相反する2つの思想が具体的に出てきましたね。トラウマを否定するアドラー心理学。目的論の根拠が少しずつ明らかになっていきます。

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だから私は言い訳する

前回の記事「その2」で出てきた青年の友達Aくん(現在、引きこもり中)の話にはまだ続きがあります。
哲人がいう論理を当てはめると「友達Aくんは、過去の出来事には関係ないけど現在家から出られない精神状態」ということになります。青年はここを猛烈に突いて反撃します。

友達Aくんは、理由もないのに家から出ないようなそんな変人ではない!ちゃんと知りもしないくせに屁理屈言うな!って。

それでも哲人は冷静に言います。

ご友人は「不安だから、外に出られない」のではありません。
順番は逆で「外に出たくないから、不安という感情をつくり出している」と考えるのです。

友達Aくんは現在の「外に出たくない」という気持ち(目的)が先にあり、その目的を叶えるために(理由をつけるために)不安や恐怖という感情を自分で作っているのだというのです。それを聞いて青年は黙って「ふむふむ」なんて言うはずありません。

「は?ご冗談を!」なんて声を荒げて反撃します。「あれだけ苦しんでいる友達Aくんが仮病を使っているというのですか!」と叫びます。青年は完全に怒っています。

引きこもりや不登校になる人が経験する「不安感」「頭痛」「腹痛」「めまい」などの諸症状は、本人にとっては実際に”感じることのできる痛み”であることがほとんどだと哲人も理解しています。それでも、その諸症状を引き起こしているのも「目的」を叶える(家からでない、学校に行かない)ために作り出されたものだと主張します。

これは「原因論」と「目的論」の違いです。あなた(青年)のおっしゃる話は、すべてが原因論に基づいています。われわれは原因論の住人であり続けるかぎり、一歩も前に進めません。

どこが「原因論」と「目的論」の違いなのか、もう一度復習してみましょう。

icon-arrow-circle-right 青年の主張「友達Aくんが引きこもりになったのは過去の出来事がトラウマになっているからだ。外へ出ようとすると実際に目に見えて拒絶反応が出るので、Aくんは変わりたくても変われずに苦しんでいる。」これが原因論。

icon-arrow-circle-right 哲人の主張「友達Aくんが引きこもりになったのは過去の出来事とは関係ない。Aくんは”外に出たくない”という目的のために、実際に目に見える拒絶反応を無意識に作り出している。Aくんが変わろうと思えばいつでも変われる。」これが目的論。

もうね、青年はギャアギャア叫んで反撃します。「んな馬鹿な話があるかい。自分で自分の首を絞めるような行為をする必要がどこにあるねんっ!」って。

挙句の果てには「じゃあなぜAくんは”外に出たくない”というのですか?」って逆に哲人に質問したりして。

哲人はこの場に本人(Aくん)がいないので憶測でしかないという上で見解を述べました。Aくんの引きこもりの理由は「ずっと親に心配してもらいたい」「周囲に優しくされたい」という気持ちがあるから「外に出たくない」という目的に、拒絶反応という絶対的理由を付け足したのではないか?といいます。

確かに子どもが引きこもると、親は胃に穴が開きそうなくらい心配します。本人に対して、傷つけないように言葉を選んで腫物に触るような接し方をするでしょう。友達も過去のトラウマがあるからだと思うと「可哀想なAくん」と優しくなるかもしれません。
こんな優しさは何のためにもならないと思いますが、Aくんにしてみれば”自分を誇示する”唯一の手段なのかもしれません。これは引きこもりや不登校の子どもに良くある心理です。

目的論の理屈はわかる・・・でも納得できない青年。理屈が屁理屈にしか聞こえないのでしょうね。私はここで「Aくんを連れてきたらハッキリするのに」と思いました。本人がいない議論は全て憶測でしかないですもんね。
アドラーが人との対話で真理を語り合うことを大切にした理由がわかる気がします。本人でないと語れない”本音”が必ずあるはずですからね。

哲人もこのままでは欠席裁判になり、議論が平行線になる・・・と判断し、違う例で話しましょうと提案します。
そこで青年があることを思い出し、昨日自分に起こった出来事を話し出しました。

昨日、喫茶店で本を読んでいたときに、通りかかったウェイターが私の上着にコーヒーをこぼしてしまった。
買ったばかりの一張羅だったので、思わずカッとなって大声で怒鳴りつけてしまった。
普段の私は公の場で大声を出すことなんてしないのに、そのときに限っては頭に血がのぼり、怒りに駆られ我を忘れてしまった。この事実にも「目的」はあるというのですか?

公の場で大声で怒鳴る人、たまにいますよね。電車の中やファミレスなんかで子どもが騒いでいるのを「うるさい!」って怒鳴るママとかね。あなたの声の方がうるさいですよーってね。そういえば上司にも突然大きな声で怒鳴る人いたなぁ。

哲人は青年に確認します。

あなたは怒りの感情に突き動かされて、怒鳴ってしまった。普段は温厚な性格なのに、怒りの感情に抗することができなかった。自分にはどうすることもできない不可抗力だった。そうおっしゃるわけですね?

青年は胸を張って答えます。

ええ。あまりに突発的な出来事でしたからね。考えるよりも先に声が出てしまったのです。

ここで哲人は「それでは仮に、そのときたまたま刃物を持っていてカッとなったからウェイターを刺しちゃっても、不可抗力だと言えますか?」と聞きます。なんて極端な。。。
青年も「それは極論でしょ」と反論しますが、哲人は「極論ではありません」と言い切ります。

人は感情に逆らうことができないのであれば、怒りに任せて人を傷つける行為は「不可抗力」だといえます。怨恨で犯罪を犯す人は「怒り」のせいであって、本人の責任ではないといえます。

じゃあ青年が不可抗力ではなく、大声で怒鳴ってしまった理由は?

簡単です。あなたは「怒りに駆られて、大声を出した」のではない。ひとえに「大声を出すために、怒った」のです。つまり、大声を出すという目的をかなえるために、怒りの感情をつくりあげたのです。

大声を出すことによってウェイターを屈服させて言うことをきかせたかった。「客とウェイター」という立場を利用してね。その手段として、怒りという感情を作り上げたというのです。どう思います?

当然青年は納得するはずありませんが、たたみかけるように哲人はいいます。

わざわざ大声で怒鳴らなくても言葉で説明することもできたはず。ウェイターも自分のミスだとわかれば丁重に謝っただろうし、最善の対処をしたはず。でも言葉で説明する手順を面倒に感じて、無抵抗な相手だからこそより安直な手段で屈服させようとした。その道具として「怒り」という感情を作り上げたのだ。

青年はもう可哀想なくらいプルプルしてるのがわかりますw

・・・いや、騙されません。
中略
断言しますが、そんなことを考える余裕など一秒たりともありませんでした。わたしは考えをめぐらせてから怒ったのではありません。怒りとは、もっと突発的な感情です!

そうなんです。怒りって一瞬の感情なんです。
あとから「何で怒ってるのか」って理由を思い出すから、どんどん怒りが大きくなっていつまでもイライラするんです。「なんとかしてやりたい!」っていわゆる”復讐心”が出てくるから言動も大きくなっちゃうのです。一瞬よぎった怒りに対してではなく「私に怒りを感じさせた相手」に矛先が向くのは、本来の怒りとは関係のない「目的」になってしまうんです。

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子どもに叱るときなんて、まさにいい例ですよね。

子どもが約束の門限17時に帰って来なかった。遅くに帰ってきた子どもに「何時だと思ってんの!」って叱ります。門限を守らなかったことを叱ってるんだけど”ママは怒っているんだよ”ってことを子どもに解らせるために大声で怒鳴ります。ハイ、もう目的が変わってます。
ついでに「何で約束守れないの?」から始まり「そんなことしてるからダラけた性格になるんだよ!」「忘れ物は多いし!」「勉強だって伸びないし!」ここまで来たら、最初の”門限”は関係なくなってます(笑)

怒りの感情は一瞬で、大声を出さなくてもコントロールすることができる、いい例が書かれていました。ここでは、上記の門限を守れなかった子どもの話で続けます。

門限を守らなかった子どもにギャンギャン怒鳴るママの続きです。門限ついでに普段の生活態度のことまで叱り始めて、ママのイライラはMAXに達しています。ここで口答えしようもんなら、ママがゴジラに変身することを子どもは知っているので、ひたすら耐えます。
そのとき、ママのスマホがブルブル震えました。ママ友から電話がかかってきたのです。そういえば電話をかける約束をしていました。あわてて電話に出たママは「ごめんねー、いまウチの子を叱ってる最中だったのよ(怒)・・・ぜんぜん門限守らないからさぁ・・・」と話し始めます。「あ、明日のランチね。うんうん。予定通りでいいよ。はい、わかったぁ、また明日ねー」と言って電話を切りました。
一息ついたけど、さっきまで叱っていたイライラがまた再熱して「ホントにわかってんの?!」ってお説教は続くのでした。

ね、怒りってコントロールできるでしょう?ママ友の電話では怒りの感情が抑えられるでしょう?子どもとママ友の間で、怒りの感情を「道具」みたいに出し入れしているのがわかるでしょうか?
カッとなって何かやらかした・・・っていうのは、カッとなってやらかしたんじゃなくて、「やらかしたいからカッとなった」って説明できることがわかるでしょうか?

電車の中やファミレスで子どもより大声で怒鳴るママは「ちゃんと子どもを叱ってますからねー。ほったらかしじゃありませんのよー」って白い目で見る周囲の人にアピールしたいのかもしれない。
急に怒鳴り出す上司は”怒鳴ること”で喝を入れたいだけなのかもしれない。またはビビらせて立場の差を判らせたいだけかもしれない。

あなたが怒るとき、誰かを威圧したり、自分の主張を通すために大声になっていませんか?怒鳴る必要ないのに、怒りの感情をコントロールしながら「わざと増幅」させていませんか?

ユーミ
私、ホント女優に向いてんじゃないかと思うくらい演じている気がします。。。

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「嫌われる勇気」その3:主婦が女優を演じる本当の理由 by ユーミ

【嫌われる勇気】

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