主婦が自己肯定感を高めて返り咲くキッカケ作り。

「嫌われる勇気」その25:信用と信頼の違い、2つめのキーワード

他者を信頼する

この記事は岸見一郎氏/古賀史健氏の著書「嫌われる勇気」について主婦目線で読み解くものです。

—最初からお読み頂くと内容がよりわかりやすいと思います
>「嫌われる勇気」レポート一覧

前回の記事で、自意識過剰になってしまう心理がわかりました。自分では”変えられない”与えられたものを、そのままで受け入れることを自己受容といいました。問題は自己受容をして”どこをどうやって変えていくか”に注目することでしたね。自己受容だけでは「共同体感覚」を得ることはできません。今回は2つめのキーワードです。

スポンサード リンク

信用と信頼の違い

「人を信用する」の信用とは、英語で言うと”クレジット”で”条件付き”という意味だってこと知ってましたか?何かを担保にして銀行がお金を貸してくれるのも「担保を条件に」「返済可能な分だけ」と条件付きで信用してくれているのです。

反対に「無条件で」信じることを「信頼」といいます。
対人関係の基礎にはこの「信頼」によって成立すると考えるのがアドラー心理学です。

他者を信じるにあたって、いっさいの条件をつけないこと

報酬や見返りなどを一切考えないで無条件に信じることが、対人関係では大切だというのです。どうですか?周りの人たちを無条件で信じていますか?

この世の中いい人ばかりではないので、中には平気で裏切る人もいるでしょう。「信じた私がバカだった」って結果になることもあるかもしれません。

それでもなお、信じ続けることを「信頼」というんですって。どうでしょう?信頼できそうですか?

青年は「そんなのお人好しなだけですよ、いつか痛い目にあうじゃないか」って反対しました。そりゃそうだ。
そんな青年に対して哲人はこんなふうに問いかけました。

時には騙されて利用されることもあるだろう。
だけど、逆の立場だったらどうだろうか?自分が相手を裏切っているのに、それでも相手は自分を信じ続けてくれたら。ひどい仕打ちをしても、それでもなお信じ続けてくれる相手に、何度も背信行為を働くことができるだろうか?

なにも哲人は「情に訴えて、相手の良心に働きかけろ。いつかは伝わる。」って、キレイゴトを言っているわけではないんですよ。

私が思うに。
前回の記事(「嫌われる勇気」その23)の最後の方にも出てきたように、アドラーの「まず、あなたが始めなさい」って教えの通りだと思うんです。

人を信頼していても裏切られることがあるかもしれない。裏切る行為は相手の課題。自分は「信じたい」という気持ちを貫いているだけ。
他者の裏切りを怖れて人を信頼しないよりも、信じて裏切られる方が前に進める。”自分を信頼してくれるか、裏切らないでいてくれるか”そんなことを考えて躊躇するより、”まず私が人を信じることから始めよう”・・・ってね。

哲人は続けていいました。

「信頼」の対義語は「懐疑」だ。人を信頼して裏切られるのが嫌だからと、対人関係の基礎に「懐疑」を置くとどうなるだろうか?
他者を疑い、友人を疑い、家族や恋人までも疑いながら生きていることになる。そこからは、良好で前向きな対人関係は築けない。

相手が裏切らないと確約をくれたときだけ信じるっていう関係は、本当に良好な対人関係とは言えませんよね。

私たちは他者のことを「この人は、私のことを裏切るか?裏切らないか?」って、無意識に判断しようとしていないでしょうか?
夫や子ども相手だと「裏切らないに決まってる」って思っていないでしょうか?だって家族だから?裏切るわけない?・・・そうやって条件を付けているから裏切られたときに絶望するんですね。

「あなたが〇〇なら、私も〇〇する」「裏切らないなら、〇〇をしてあげる」っていうとらえ方が、対人関係を難しくするキッカケになっていたんですね。

相手が夫でも子どもでも、上司でもママ友でも誰でも関係なく、「私は無条件で信じる」でいいんです。万が一、裏切られる結果になったとしても「それでもまだ私は信じる」ってスタンスでいいんです。

 

時にはハサミで切る

哲人は「誰でもかれでも全員に対して無条件で信頼しなさい」って言っているわけではありません。あくまでも自分が「横のつながり」を築きたいと思う相手にだけ、自分から無条件で信頼することを始めなさい、ってことなんです。

世の中には課題の分離ができていない人もたくさんいます。優越コンプレックス※に溺れている人もたくさんいます。※優越コンプレックスについては(「嫌われる勇気」その11)に書いています

  • 自分を故意的に陥れようとする人
  • 自分を故意的に傷つけようとする人
  • 自分を常に競争相手にして挑発してくる人

こういう、やりにくい・付き合いづらい人は周りに結構いるもんです。
そんな人と「関係を続けるか」「関係を切るか」も結局は自分の課題です。相手の意向は関係ありません。

人は弱さゆえに「腐れ縁」を引きずってしまうことが多々あります。
関係を切るのが怖いから。相手を傷つけたくないから。自分が我慢すれば済むから。そんな理由で関係を続けても、自分も相手も幸せにはなれません。向き合わなければいけない「人生のタスク」ですね。

人は対人関係を器用に操ることはできません。「この人には全力で」「この人には適当に」って心を使い分けることは、いずれ両方が中途半端になってすべてを失う結果につながります。

それなら私は、大切にしたい人だけに全力を注げる人生の方がいいです。

 

シンプル思考

青年は他者を無条件で信じることについて、「信じていた人に裏切られたときの痛みや怒りはどう処理すればいいのか?」と問いました。哲人のいう「課題の分離」や「自己受容」だけで考えると、人間の「感情」を置き去りにしていると指摘します。

すると哲人は、こう答えました。

悲しいときには、思いっきり悲しめばいいのです。痛みや悲しみを避けようとするからこそ、身動きが取れず、誰とも深い関係が築けなくなるのですから。

泣くのは「恥ずかしい」「格好悪い」と他者の目を気にしているから、本当に悲しいときに泣けず消化不良を起こしてしまうのですね。
人が生きていく上で、感情を揺さぶられる出来事はたくさんあります。自分の「喜怒哀楽」を素直に感じ取れることが、”人生の嘘”をつかずに生きることなのかもしれません。

アドラー心理学って、本当にシンプルだと思いませんか?

なにも複雑に考える必要はないんですね。私は私、あなたはあなた。
どんな状況であっても、相手がどうであっても、一番優先するべきは「私はどうするか」だけなんです。

自分の思考や感情を「ありのまま」「素直に」表現すればいいってことなんですね。他者に褒めてもらうために「作った自分」を表現するのではなく、完璧ではなくても、出来が悪くても、そのままの自分で両手を広げて他者を受け入れる姿勢でいるイメージでしょうか。

 

ユーミ
GReeeeNの「遥か」という曲の中で、”信じることは簡単なこと、疑うよりも気持ちがいいね”というフレーズがあります。まずは私から信じることを始めたいと思います。

スポンサード リンク

「嫌われる勇気」その25:信用と信頼の違い、2つめのキーワード by ユーミ

【嫌われる勇気】

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA