主婦が自己肯定感を高めて返り咲くキッカケ作り。

「嫌われる勇気」その23:対人関係において「臨機応変」が無効な理由

世の中から争いがなくなる日

この記事は岸見一郎氏/古賀史健氏の著書「嫌われる勇気」について主婦目線で読み解くものです。

—最初からお読み頂くと内容がよりわかりやすいと思います
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前回の記事で、上下関係のような圧力を感じずに勇気づけをする方法を学びました。「感謝の言葉」をかけられると自分の存在価値を確認することができるということも知りました。「ありがとう」の言葉には人を変えてしまうほどの力が秘められているんですね。だけど青年は素直に納得しません。ここでも人間らしい反論をしてきます。

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「ありがとう」ですべて解決か

青年は「ありがとう」と感謝することで自らの価値を実感できるなんて、そんな簡単なものじゃないと反論しました。偽善だ!と哲人を批判します。

対人関係で悩む人にとって「共同体感覚」や「横のつながり」「存在への感謝」など、人との関わりをそう簡単に割り切れるものではないと思っています。アドラー風に言えば、自分で事をややこしくしているだけなのですが。でも悩んでいる人にとっては簡単じゃないことは確かです。

「自分の価値」がわからなくなるから悩むのですもんね。悲しいことに年々増える自殺者は、まさに自分の価値に気づかないまま人生に絶望して自分で終わらせているんです。

青年も自分の人生に落胆し絶望し生きています。だから「自分に価値があるとは思えない」と言います。

青年は、幼い頃から「自分には価値がない」と思わせるような体験ばかりしてきました。社会に出てからも、青年にしかできない仕事ではなく「誰にでもできる仕事」「代わりがいくらでも見つかる仕事」をしているせいで、やっぱり自分に価値があるとは思えない、といいます。

誰ひとりとして「このわたし」を求めていない。そんな状態で、自分に自信が持てますか?自らに価値があると実感できますか?

自分に価値があるかどうか、決めるのは「自分のものさし」でいいのに、他者に評価してもらおうとするから自信をなくすんですよね。わたしが「価値がある」って思えば、わたしには価値があるんです。

そんなふうに思えない人は、知らず知らずのうちに他者を「上下関係の枠」にあてはめて見ているのだと哲人は指摘します。

ライフスタイルの大転換

上司や先輩に意見することは、世間では「生意気」といいます。同じ意見を同僚に言うなら「生意気」ではなくなって「個人の意見」になります。後輩や子どもに言うなら「先輩の意見」として受け止められます。

同じ意見なのに言う人によって感じ方や表現が違ってくるのは、自分自身が対人関係を上下でとらえている証拠なんです。

大切なのは「私個人の意見」を誰にでも同じように主張できるかどうかなんですね。

人間は自らのライフスタイルを臨機応変に使い分けられるほど器用な存在ではありません。要は「この人とは対等に」「こっちの人とは上下関係で」とはならないのです。

自分では「対等だ」と思っている同僚やママ友との間でも、無意識のうちに「この人は自分より上。この人は自分より下」だと判断しているというのです。

うーん。心当たりあるなぁ。ママ友の中でも裕福で子どもはスポーツ万能・成績優秀だったりするとちょっと近寄りがたく思ったり、逆にいつも「ユーミ聞いてぇ」と悩みをふっかけてくるママ友には何となく自分が姉みたいだと思ってしまったり。

結局私もすべての対人関係において「上下関係の枠」にはめていたのかもしれません。だから人によって言いたいことが言えなかったり、理解してもらえないもんだと思い込んで壁を作っていたり、したのかもしれません。

課題の分離ができていると、「自分はこうだ」と思うことに他者の評価は関係ないと割り切ることができます。上下関係の圧力やしがらみのある環境があたりまえの社会でも、「自分はこうだ」と信じて行動に起こすことに関して、他者が何を言おうと思おうと自分には関係のないことだと割り切ることが大切だというのです。

だって、他者とはすべて「横のつながり」であり「対等」なんです。自分の意見に対しての他者の評価は「他者の課題」であって、自分には関係ないことなんです。私は私。自信を持って責任を持って主張すればいいのです。

現実には「言いたいことが言えない」「多数派意見に流されてしまう」など、社会の中では「しかたのないこと」と割り切っていることが既にアドラー心理学とは真逆をいっているのですね。それを変える勇気があるかどうか、ということです。

 

アドラーが生きていた頃に、青年と同じように「共同体感覚に意味があるのか」と質問をした人がいたそうです。そのときにアドラーはこんなふうに答えたんだとか。

誰かが始めなければならない。他の人が協力的でないとしても、それはあなたには関係ない。わたしの助言はこうだ。あなたが始めるべきだ。他の人が協力的であるかどうかなど考えることなく。

まずは自分が他者との「上下関係」をやめて「横のつながり」を築くことを始める。それを他者がどんな評価をしようが自分には関係ないことだと割り切る。

他者には積極的に「感謝の言葉」で勇気づけをする。それによって、他者も自分自身の価値に気付き「上下関係」ではなく「横のつながり」を意識するようになる。

たしかに、人類すべての人が「共同体感覚」を意識できるようになれば、人と人との衝突は激減するでしょうね。「他者の課題」を見極められたら、権力争いも戦争もなくなるでしょう。

そんな理想の世の中は来るのでしょうか?それって現実的に叶うのでしょうか?

アドラーは「まずあなたが始めるべきだ」と言っています。他者の意見や常識観念にとらわれず、自分が正しいと思うことに胸を張るということです。

ユーミ
上下関係の枠を外したって、他者への敬意や思いやりは忘れてはいけません。敬語だって必要不可欠ですよね。

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「嫌われる勇気」その23:対人関係において「臨機応変」が無効な理由 by ユーミ

【嫌われる勇気】

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