主婦が自己肯定感を高めて返り咲くキッカケ作り。

「嫌われる勇気」その12:人と競争するのは、もうやめにしませんか

みんな違って、みんないい

この記事は岸見一郎氏/古賀史健氏の著書「嫌われる勇気」について主婦目線で読み解くものです。

—最初からお読み頂くと内容がよりわかりやすいと思います
>「嫌われる勇気」レポート一覧

前回の記事で、劣等コンプレックスの行く先に”優越コンプレックス”があることを知りました。自慢話ばかりする人や不幸自慢をする人には”見せたくない劣等感”があるとわかると、これからの対人関係にも変化が出てきそうですね。今回は対人関係について一歩踏み込んだ話になります。

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対人とは上下ではなく前後関係

以前の記事「その10」に出てきた”優越性の追求”という言葉。誰もが本能で持っている「もっと向上したい」と思う気持ちのことです。アドラーは優越性の追求は人間にとって普遍的な欲求だと認めています。

青年は「アドラーは人には優越性の追求があって当然っていうわりに、そこから出てくる劣等コンプレックスはダメだとか、結局は優越性の追求自体がダメってことなんじゃないの?」という疑問を哲人にぶつけます。

優越性の追求=もっと向上したいというと「他者より優れたい」「他者を蹴落としてでも上に昇りたい」という、人を押しのけて階段をのぼっていくイメージがありますよね。だけど哲人は違うと言い切ります。

そうではなく、同じ平な地平に、前を進んでいる人もいれば、その後ろを進んでいる人もいる。そんな姿をイメージしてください。
中略
誰とも競争することなく、ただ前を向いて歩いていけばいいのです。

私たちは誰ひとりとして「同じ」なことはありません。性別・年齢・経験・外見など、まったく同じ人はいません。自分と他者は明らかに違いがあります。でも「同じではないけど対等」なんだと哲人は強調していいます。

以前の記事「その9」でも説明したように、他者と比べて劣っているように感じることがあっても、それは人が生きていく上での劣等性(何かが欠如して足りていない状態)ではないってことです。金子みすゞさんの”みんな違ってみんないい”まさにこれですね。

健全な劣等感とは、他者との比較のなかで生まれるのではなく、「理想の自分」との比較から生まれるもの

アドラーがいう”優越性の追求”とは、他者よりも上をめざすことじゃなくて、自分が”より一歩前へ進む”ことだったんですね。

人間関係に上下は存在しない。自分よりも年配で知識も経験も豊富な人は、自分の上にいるのではなく自分より先を歩いているだけ。対人関係でよく使う「年配者扱い」「若輩者扱い」「大人扱い」「子ども扱い」で見るのではなく、「人間扱い」で捉えることが大切。人間はそれぞれ個性が違っているだけで、そこに勝ち負けや優劣は存在しない。

青年は「人は併走するライバルよりも速く走りたいと思うから、頑張る力が湧いてくるんじゃないの?他者と競争をしないってことは結局、戦わずして負けを認めるってことなんじゃないの?」って突っかかってきます。

他者への競争意識

対人関係の軸に「競争」があると、人は対人関係の悩みから逃れられず、不幸から逃れることができません。
(なぜなら)
競争の先には、勝者と敗者がいるからです。

対人関係でいつも競争意識を持っていると、同時にいつも”勝ち負け感情”が付きまといます。敗者になればそれが劣等感に繋がり、勝者になっても”いつ敗者に抜かれるか”を怖れるようになります。これが”劣等コンプレックス”や”優越コンプレックス”に繋がるわけです。そんな状態では相手の幸せを「心から祝福する」なんてこともできなくなってあたりまえですよね。コンプレックスが溜まると最終的にはこうなります。

いつの間にか、他者全般のことを、ひいては世界のことを「敵」だと見なすようになるのです。

競争で勝っても負けても平穏な精神状態にはなれないってことですね。心が疲れてだんだんと卑屈になって世の中を裸眼で見ることができなくなって、挙句のはてに他者を羨んだり、自分の幸せを感じることができなくなるわけです。

対人関係を競争意識を持たないで捉えるとはどんな感じでしょうか?

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人はみんな対等です。競争という概念がなくなれば、相手は”違うところがあるけど対等な仲間”だと認識できるようになります。

「人々はわたしの仲間なのだ」と実感できていれば、世界の見え方はまったく違ったものになります。

競争しないのだから敵も味方も存在しません。”いつ敗者に抜かれるか”って怯えることもありません。他人がいう言葉ひとつひとつを疑うこともありません。世界は安全で快適な場所に映ります。

昔から出来の良い兄と比較され育てられた過去を持つ青年は、ここでも「目的論」ではなく「原因論」に回帰してしまいます。「哲人のような思考は、たっぷりと陽差しや水を与えてもらって育ったひまわりの理屈でしかない!日陰で育ったヘチマじゃそんな風に考えることはできない!」っていいます。
青年の闇はまだ深いようです。哲人はどんな風に諭してくれるでしょうか。

ユーミ
子どもが人格形成する幼少期や学童期に、大人たちは「競争しなくていいんだよ。一番じゃなくていいんだよ。」って教えているでしょうか?

「嫌われる勇気」その12:人と競争するのは、もうやめにしませんか by ユーミ

【嫌われる勇気】

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