主婦が自己肯定感を高めて返り咲くキッカケ作り。

「嫌われる勇気」その1:いま見えている世界とは

裸眼で見る勇気

この記事は岸見一郎氏/古賀史健氏の著書「嫌われる勇気」について主婦目線で読み解くものです。

—最初からお読み頂くと内容がよりわかりやすいと思います
>はじめに

フロイトやユングに並ぶ三大巨頭の1人アドラー。
アドラー心理学はそれまでの常識を覆す論理ゆえに、賛否両論いろんな意見が飛び交いました。フロイトと決別したのもここが原因です。もともとは1つの「人が幸せに生きるための真理」からはじまったのに、決別のあと2人は相反する思想を掲げることになります。
フロイトやユングが「原因論」を唱えるのと対照にアドラーは「目的論」を唱えます。この2つ、どこがどう違うのでしょうか?
青年と哲人の長い夜が始まります。

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青年VS哲人

本書は、ある青年が京都に住む哲学者(哲人)のもとへ訪ねるところから始まります。この青年は哲人が掲げる持論にどうしても納得がいかず、その真意を問いただすために真っ向勝負を挑みに来たのでした。議論した上で哲人に持論を撤回してほしいと申し出ます。哲人が掲げる思想とはこのようなことです。

  • 世界はどこまでもシンプルである
  • 人は変われる
  • 誰もが幸せになれる

青年は「そんなもの全ては理想論でしかない」と初めから言い切ります。「何をキレイごと言ってんの?」って。
青年は、”勤労や納税の義務がない子どもなら通用する論理かもしれない”し、”宗教が力を持っていた(神様のいうとおりの)時代だったらまだ理解できる話かもしれない”と反発します。

この青年が見る世界とは「子どもの頃は自由気ままに生きられたけど、大人になるにつれ現実の厳しさ非情さ残酷さを思い知らされる。学生時代から社会に出ても複雑な人間関係に絡まれて、仕事・家庭・社会のどこに存在していても責任を負わされる。差別や戦争や格差などいろんな諸問題もあるような混沌と矛盾に満ちた世の中のどこがシンプルと言えるのか!」とまくし立てます。

ユーミ
ここの青年の見解、おおかた間違ってないように思います。子どもの頃は純真無垢な気持ちで生きられたかもしれないけど、大人になって現実を知ると”自分の身の丈”を思い知らされます。夢を見ることもままならない中で”しがらみ”の多い社会の中を生きているのが多くの人の日常だと思います。

それでも哲人は落ち着き払って言います。

それは「世界」が複雑なのではなく、ひとえに「あなた」が世界を複雑なものとしているのです。
人は誰しも、客観的な世界に住んでいるのではなく、自らが意味づけをほどこした主観的な世界に住んでいます。

哲人は「自分が見ている世界は、自分勝手に感情や理由や理屈をくっつけた”自分だけの”世界」だと言っているんですね。

そうすると青年は「はぁ~?何言ってんの?世界が複雑なのは自分のせいってこと?」と更に反感を強めます。
哲人は「世界とは誰とも共有できないものだ」と言います。青年が見ている世界と哲人が見る世界は、同じようで全く違うものだと。存在する世界は同じでも人によって感じ方が違うということです。

ここで井戸水のわかりやすい例が出されていました。
井戸水の温度は年間通して約18度で一定しています。だけど夏に飲むと水道水より冷たく感じるし、冬は逆に温かく感じるのはなぜか?井戸水の温度はいつも一定のはずなのに。
青年は「環境の変化による錯覚でしょ」と思っていましたが、哲人は「錯覚ではない」と言い切ります。

そのときの「あなた」にとっては、井戸水の冷たさも温かさも、動かしがたい事実なのです。主観的な世界に住んでいるとは、そういうことです。われわれは「どう見ているか」という主観がすべてであり、自分の主観から逃れることはできません。

「世界は混沌として複雑で矛盾だらけだ!」と見えているのは自分がそう思っているからだと言うのです。自分の見方が変われば世界はシンプルな姿を取り戻すのだと言います。

問題は世界がどうであるかではなく、あなたがどうであるかなのです。

同じ世界でも、サングラスをかけて見るのと裸眼では見え方が違うと言うのです。肝心なのはサングラスを外す勇気があるかということ。サングラスを外せば視界がクリアになって世界がシンプルであると解るのだと。

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サングラスを外すというのは=自分が変わるということです。裸眼で見る世界は、眩しすぎて目を覆いたくなるかもしれません。また”サングラスをかけたい”と思うかもしれません。それでも「変わる勇気」があればシンプルな世界が見えるのだそうです。

青年は「世界がシンプルである」ということ自体が受け入れられない上に、「自分が変われる」ってことも”ありえない”と思っているので持論で哲人を論破しようと決意します。

哲人は哲人で、この生意気な青年を相手にどこか楽し気な雰囲気を出しています。

ギリシア哲学の徒となって以来、そして「もうひとつの哲学」と出逢って以来、心のどこかであなたのような若者が訪ねてくるのをずっと待っていたような気がします。

こうして青年は、哲人の書斎に招かれてコーヒーを飲みながら熱い議論を繰り広げていきます。

ユーミ
青年は頭ごなしに哲人の意見を批判するのではなく、哲人の持論に乗っかった上で考えたいと思ったあたり、とても大人ですね。自分と違う意見でも、まずは聞いて理解しようとする気持ちは見習いたいところです。

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「嫌われる勇気」その1:いま見えている世界とは by ユーミ

【嫌われる勇気】

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